自民党改憲草案15条の検討

[条文案]

15I 公務員を選定し、及び罷免することは、主権の存する国民の権利である。

15II 全て公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。

15III 公務員の選定を選挙により行う場合は、日本国籍を有する成年者による普通選挙の方法による。

15IV 選挙における投票の秘密は、侵されない。選挙人は、その選択に関し、公的にも私的にも責任を問われない。

 

[2項]

2項はほぼ現行憲法典のままである。ただし、全てとあるところは本来凡てと書くべきだ。

 

[1項]

1項の規定する権利は、「国民固有の権利」という位置付けから「主権の存する国民の権利」という位置付けに変えられている。

 固有の権利ということは日本国民だけの権利であると読むことができるかもしれないが、現在は必ずしもそう読まれていない。主権の存する国民の権利ということはそれ以外の者に恩恵的に選定罷免の権利を与えることも、立法政策上禁止されはしない、ということかもしれないが、そう読むべきであるという根拠も同様に乏しい。

 

[3項]

3項は、選挙以外の方法で公務員を選定するという方法のあることを念頭に置きつつ、選挙による方法を採る場合には日本国籍を有する成年者による普通選挙の方法によることを述べている。

「成年者」については、18・19歳の者への選挙権付与がおこなわれた現在の法制からの変更が必要となる可能性がある。「18歳以上の者」という表現に変更するか、さもなくば「成年」の定義自体を見直すことが求められるであろう。

日本国籍を有する」という限定部分については、非日本国籍の定住者等への選挙権付与を押しとどめるという憲法政策の採用を目指しているものであろう。この場合であっても、選挙以外の方法で公務員を選定しようというときに非日本国籍の者による選定が行われることは禁止されない。

普通選挙」の定義については現行憲法と変わると考える根拠がない。

成年者一般の普通選挙権の保障という定式から離れる、ということについては何らかの意図があるのかもしれないが、実質的にはそれほど変わらないと考えているのかも知れない。

「公務員」の選定罷免は国民の権利であると言いつつ、一般職の国家公務員・地方公務員の選定に国民はかかわっていないじゃないか、という考え方(これ自体は、日本語を普通に解し運用することのできる人間であれば誰でも当然に思いつくことのできるツッコミであろう)に対する弁明として、3項の書き振りを見ることもできるのかもしれない。

 

[4項]

4項は、投票の秘密を侵してはならないという規定から、投票の秘密は侵されないという規定に変更する内容を含んでいる。表現上は一歩後退しているものと読まざるを得ないが、実質的には変わらないかも知れない。

選挙人は責任を問われないという内容については現行憲法典と変わりがない。

 

[その他の条文]

公務員については、この外、拷問の禁止に関する規定と94条2項の地方公務員に関する選挙の規定がある。

 

[被選定者の資格について]

最後に。

現行憲法典では一切そのように書かれていないが、現在の法制の基本にあると言われている考え方は、「公権力の行使に携わる」公務員等は、原則、日本国民でなければならない、という考え方である。

この考え方については、大昔から、内閣法制局の見解として(いわゆる「当然の法理」)行政部内で明文化されていた。

この見解だけによって、例えばアメリカ人や韓国人や中国人が、日本の公務員として公権力の行使に携わることは許されない、という見解は支えられていた。

 

ところで、先般の「集団的自衛権」容認政策の採用に当たり安倍政権で用いられた手法は、

①私的懇談会などを用いながら法制局見解を変更する議論の流れを下準備、

内閣法制局長官につき、人事の慣例を破り、総理大臣の考え方に近い者を登用、

③法制局見解・行政見解を変更し法制化にまで到らしめる、という手法であった。

 

このような憲法体制改変の先例が確立されたわけである。ということは、これと全く同様の手法をとって、将来の政権が、

①私的懇談会などを用いながら議論の流れを下準備、

内閣法制局長官につき、総理大臣の考え方に近い者を登用、

③法制局見解としての「当然の法理」を変更し、「非日本国籍者であっても、公権力の行使に携わる公務員になることができる」という見解を内閣・行政の見解として確定し、最終的にはこの見解を押し通しつつ法制化にまで到らしめる、

という手法を採るということも禁止されない、ということが明らかになったわけだ。

 

現行憲法下での「集団的自衛権」を容認する者は、以上のような流れによって「当然の法理」を消滅させることを、論理的に、否定することができない。アメリカ人や韓国人や中国人が、日本の公務員として公権力を振るうこととなったとしても、これは完全に合憲・合法なもの、と認めないわけにはいかない、ということになる。

時の行政府・内閣がこの点に思いを致すことなく行政解釈変更を強行したことは非常に残念なことではあった。立法府も国民もこのことを考えることができずにこのような先例の確立をむざむざ見過ごしたことは遺憾の極みと言うべきである。

 

なお、本条は「選挙人」に関し国籍要件を課するという憲法政策の導入に関し述べるものと見受けられるだけである。つまり、「被選挙人」ないしは「公務員」の国籍要件について一切触れるものではない。